二紀会
工房

 ■初めての混合技法(油彩とテンペラによる)■ 2003.5.6更新

はじめに
混合技法には興味があるけれど何だか難しそうだとか、いろいろな材料をどこで買っていいのか解らないといった理由で今まで混合技法を敬遠していた方々に、今回全くの初心者の方のための混合技法を提案してみたいと思う。専門性の高い材料はなるべく使用せず、一般的な画材のみでの制作を試みた。いろいろと問題もあるかもしれないが、一度混合技法を経験してみたいという方には入りやすい技法だと思う。是非、お試しいただきたい。(※尚、この技法はあくまで入門者の為のものであり、私個人の制作ではこの技法を用いている訳ではないことをお断りしておきたいと思う)

制作の前に

A下地
私個人は、現在膠溶液と天然石膏の混合物を用いている。この下地の方法だけでも、ここ10年で数回レシピを変えている。つまり下地は完成作品にも大きく影響する大切なものなので、最も工夫を要する部分かもしれない。しかし、ここではあくまで初心者の方に入り易いように一般的に入手し易いアクリルジェッソで下地を作ってみた。アクリルと油彩、テンペラとの併用は組成上やや問題な部分も感じるが入門編ということで簡易な方法を試みてみた。

市販のパネルに布地店で売っている厚手の綿布を水洗いした後にキャンバスを張るように張り、アクリルジェッソで地塗りをした。水洗いは綿布についた糊を洗い流すためで2〜3度繰り返した。ジェッソは薄めずにへらで5回くり返し塗布し、サンドペーパーで平らに磨いた。(※ジェッソのみの地塗りは少し磨きづらかった。ジェッソにジンクホワイト等の粉を混ぜた方が良いのかも知れない。)その後、アクリル絵の具のイエローオーカーを水で薄めて1回塗った。

B油性溶剤(油絵の具用解き油)
混合技法は一般の油彩、水彩等と「のり」のあり方が少し違っている。油彩や水彩、テンペラ等では、絵の具の中の「のり」が顔料を紙やキャンバス等の上に固着させていくのだが、混合技法ではあらかじめ塗られた油彩の解き油がテンペラ絵の具の固着を助ける働きをしている。したがって解き油はある程度乾きが早く、しかも乾性油が含まれていることが必要である。
今回は最も基本的な調合で溶剤を調合した。(下記)

乾性油50cc、33%ダンマル溶液100cc、テレピン油150cc
   1    :    2    :     3
                       (容積比)
乾性油=リンシードオイル(クサカベ)
33%ダンマル溶液=ダンマルバニス(クサカベ)
テレピン=テレピン(クサカベ)を用いた

C乳剤(テンペラ用卵メディウム)
テンペラ絵の具とは顔料(画材店で粉のものを購入、Dの項参照)を卵系の乳剤で練ったものである。混合技法に使用する乳剤は単に卵のみではなく油彩画用樹脂油(場合によっては少量の乾性油)を混合することにより油彩の溶剤Bとの固着を良くしている。実際に絵の具を作るには少量の乳剤の中に顔料を混ぜ込み、ちょうど水彩絵の具程度の練り具合になったら水を混ぜて使用する。水の量は使いやすい程度で適当に加減する。尚、乳剤はフィルムケースに小分けし冷蔵庫で保管する。卵一個でフィルムケース3〜4個分の乳剤ができる。冷蔵庫で保管すれば1ヶ月以上は大丈夫。新しいものと比べて明らかに臭くなったらもう使えないので捨てること。乳剤のレシピは下記。

全卵1個に対しダンマル溶液(Bに用いたものと同じもの)0.7程度
全卵1個をびんに割り入れ完全に攪拌する。ゆっくりダンマル溶液を入れると上に層になるので容積比で0.7くらいまで入れその後充分に攪拌する。

D顔料(粉絵の具)
混合技法ではテンペラ絵の具は白のみが用いられることが多い。私は自分の制作では約6色の顔料を用いているが今回は白、黄土の2色を用い、色の変化を出すために少量の水彩絵の具も用いた。

顔料白=チタニウムホワイト(ホルベイン)
顔料黄土=イエローオーカー(ホルベイン)

E油絵の具
一般の油絵の具で充分である。しかし、混合技法では透明色を多く用いるので「ブラウンピンク」等、透明色を揃えておくと良いかもしれない。

F水彩絵の具
今回水彩絵の具も制作に用いてみた。簡易に混合技法を体験するには顔料の数をなるべく少なくしたかったからだ。
どこのメーカーのものでも可と思われるがアクリル系の絵の具は不可である。
※ 作例「想い」
今回、私の研究室の大学院生Nさんに制作して貰った。F6号の作品で制作過程の写真を撮りながら約1週間で完成した。テンペラ絵の具は速乾性なので、かなり制作時間が短縮される。この点も混合技法のメリットの一つかもしれない。

制作過程

1) 2) 3) 4) 5)  
1) モチーフ写真。秋の陽光の中の横顔のシルエットの美しさが描きどころ。
2) 地塗りしたパネル(別記)の上にチョークと水性色鉛筆でデッサンをする。チョークは油に溶けると透明になるので「あたり」をつけるのに最適である。水性色鉛筆は逆に油に溶けにくいので細かな描きこみが可能となる。
3) 背景と上着に水彩絵の具で基本となる色を置いてみた。この際水彩絵の具は盛り上げないこと。
4) 全体にブラウンピンクを油性溶剤で溶いて塗る。全体を一つの色で統一すると共に、前に塗った水彩を油でコートして水に溶けなくするとともに油彩的な発色にするためだ。油性の溶剤を塗る場合、とにかく薄く塗ることを心掛けたい。いわゆるグラッシの感覚ではなく、刷毛を手早くこすりつけるように動かし、画面に油がほとんど残らない程度でよい。その油絵の具が生乾きのときにテンペラ絵の具で描き起こしていく。顔はテンペラ白プラス水彩黄土の混色で、Tシャツはテンペラ白のみ、上着はテンペラ白プラス水彩黒の混色で描き起こした。
5) 顔部分を描き込んでいく。4で使った白プラス黄土の絵の具のみで描き起こしていく。

6)7) 8)9)10) 


6) 背景に油彩のビリジャンとバーントアンバーを混色したものを塗り、新聞紙を押し付けてデカルコマニー状のムラを作った。このムラが地面のイメージを作るのに役立っている。髪はバーントアンバーの油絵の具をこすりつけるように塗った。
7) 背景を描きこもうとしたが下の絵の具が動きすぎるのでここで一度乾かすことにする。制作の途中で油分が多すぎて描きにくくなった場合には無理に描き続けずに一度乾かすのが賢明である。
8) 翌日水彩の黄土に少量の白テンペラを入れ背景を描きこんだ。ここでも新聞紙を用いてデカルコマニーしている。
9) 顔の陰の部分は油絵の具のブラウンピンクをこすりつけるように塗っている。耳はその上でまた、描き起こしている。唇や頬の部分の赤みは、バーミリオン(油)をこすりこんだ上にまた黄土プラス白テンペラ絵の具で描きこんでいる。髪の明るい部分も同じテンペラ絵の具で描きこんだ。その後、油絵の具のバーントアンバーで黒い部分を描いた。
10) 上着のカーディガンは黒プラスバーントアンバーを油性溶剤で薄く溶いてこすりつけるように塗ったのち、明るい色で描きこんでいる。Tシャツの明部はテンペラのチタニウムホワイトのみで描きこんだ。全体に描きこんだ後、髪留めの青をアクセントにいれて完成。よく乾いた後画面保護のためタブローを塗る。テンペラ層はカビが生えやすいのでタブローによる画面保護が必要である

混合技法で重要なことは、彩色とモデリングを別々の工程で行うことだ。だから、制作は基本的に混色されずに進められる。また、モデリングは明るい色で明部のみを描き起こすことでなされる。このあたりの感覚がある人には非常に描きやすい技法であるが、油彩に親しんでいる人には描きにくく感じることも多いようだ。また、よく油性溶剤の使い方が難しいといわれるが、これも基本は簡単である。まずテンペラで描く前に画面が乾いていたら、必ず溶剤を塗ること。このとき、油絵の具を混ぜてグラッシにしても構わない。ただ、重要なのはとにかく薄く塗ることだ。私は羊毛の刷毛に溶剤を含ませた後、布などで溶剤を拭きとって、その後画面にたたき付けるように塗っている。いろいろな工夫をして、なるべく薄く均一に塗ってほしい。ほとんど下地に吸い込まれてしまう程度で充分である。この溶剤が必要以上に多量に塗布されていると上に塗ったテンペラが後で流れてしまったりはじいてしまったりする。尚。今回使用した筆等は下記の通りである。
油彩用     豚毛丸筆 6号 8号
羊毛平刷毛 巾1.5cm位のもの(溶剤用)
テンペラ用   テン毛(ナイロン可)丸筆 1号(描き込み用)
        羊毛平刷毛 巾1.5cm位のもの(溶剤用と同じもの)

「百聞は一見にしかず」というが特に技法解説の場合目の前で見ればすぐに解ることが文章では伝わりにくいことが多い。だから、文章だけでどの程度伝わるのか不安である。どうか私の文章の至らない点は「一を聞いて十を知る」皆様方のカンの良さで補って頂きたいと思っている。
平成15年4月15日
吉岡記

追記
私の混合技法に関しては「美術の窓」1997年4月号に詳しく書いているので興味のある方は御参照頂ければと思う。

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